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ネトルの成分と摂取によって期待できる効能
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Nokkosia by kallerna, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons |
ネトルは栄養豊富なハーブとして知られ、その葉や根にはビタミン A(プロビタミン A)、ビタミン C、ビタミン K や複数のビタミン B 群が含まれます[1]。
ミネラルもカルシウム、鉄、マグネシウム、カリウムなど多種に富み、特にカルシウムや鉄分が多いため、造血や骨の健康維持に寄与します[2]。
さらにポリフェノール類(フラボノイドのクエルセチンやルチン、カフェ酸など)やカロテノイド(β-カロテン、ルテイン等)を含み高い抗酸化作用を示します[2]。
これらの成分によりネトルには抗酸化・抗炎症作用が認められており、慢性的な炎症に伴う関節痛や筋肉痛の軽減が期待されています[2] [3]。実際、ネトル抽出物を患部に塗布したり経口摂取すると、炎症性物質の働きを抑え疼痛が和らぐことが報告されています[3]。
また、フラボノイドの一種であるケルセチンなどの作用でヒスタミンの過剰放出を抑えるとされ、ネトル茶の摂取は花粉症(アレルギー性鼻炎)の症状緩和に利用されています[3]。
加えて、ネトルは利尿作用を持ち余分な水分や老廃物の排出(デトックス)を促すため、むくみの改善や腎尿路の健康維持にも役立ちます[3]。
豊富な鉄分とビタミン C の組み合わせは血液の質を高めるとされ、貧血気味の体質改善に伝統的に用いられてきました[3]。
さらにネトルの根はホルモン調節に関与するフィトステロール(β-シトステロールなど)を含み、良性前立腺肥大(BPH)による排尿障害の軽減に効果がある可能性が研究されています[3] [4]。
このようにネトルは多面的な効能を持つと期待されていますが、効果には個人差があり、重篤な症状の治療に用いる際は専門家に相談することが重要です。
ネトルの生息地域
ネトル(セイヨウイラクサ)は元来ヨーロッパを中心に温帯アジアや北アフリカに自生しており、現在では北米など世界各地に広く定着しています[5]。日本でも北海道や本州の一部に帰化植物として見られることがあります。
日当たりの良い道端や荒れ地、川沿いの湿った土地など、人里近くの肥沃な土壌を好んで生育する雑草的な植物です[5]。特に窒素やリン分を多く含む土壌で繁茂しやすく、ネトルが群生している場所は土壌が栄養豊富なサインとも言われます[6]。
多年生(多年草)で地下茎(根茎)を伸ばして繁殖し、一度根付くと群落を形成して毎年芽を出します[5]。
寒冷地にも適応しており、冬季は地上部が枯死しますが春になると再び芽吹いて成長します。こうした強健さから、世界中の幅広い環境で生息できる汎存種となっています。都市近郊から森林のふちまで見られる身近な野生植物ですが、その刺毛ゆえに動物に食べられにくく、生態系の中でも独自の地位を占めています[5]。
ネトルの現在の利用方法
現代においてネトルは主にハーブサプリメントやハーブティーとして利用されています。
乾燥させた葉を熱湯で浸出したネトルティーは、クセが少なく飲みやすい緑茶のような風味で、日常的なお茶として親しまれています。
花粉症シーズンには体質改善を期待してネトルティーを飲む人もおり、ハーブ専門店などで茶葉(ドライハーブ)やティーバッグが販売されています[7]。
またネトル葉の粉末やエキスをカプセルに詰めたサプリメントも市販され、ビタミン・ミネラル補給や抗アレルギー目的の健康補助食品として利用されています。関節炎や筋肉痛に対しては、乾燥ネトルを用いたクリームや湿布剤が販売されており、患部の炎症を鎮め痛みを和らげる用途で用いられています[3]。
一方、ネトルの根エキスは前立腺肥大による尿トラブルの改善素材として欧州を中心に用いられており、ノコギリヤシなど他のハーブとの合剤としてサプリメント化されています[3]。
このような医療目的以外にも、ネトルは食用野菜としての利用もあります。若葉はアクを抜くため熱湯にさっと通せば刺さずに食べられ、ホウレンソウのようにおひたしやスープに利用できます[8]。
ヨーロッパでは春先の栄養補給にネトルスープが伝統料理として知られ、乾燥させた葉をパン生地に練り込んだ「ネトルブレッド」などのレシピもあります。さらに園芸分野ではネトルを発酵させた液肥(いわゆる「ネトル液肥」)が有機栽培で利用され、植物の成長促進や害虫忌避に役立てられています[2]。
このようにネトルは食品・健康・園芸と幅広い用途を持つ有用植物ですが、 注意点 として妊娠中の使用は避けるべきとされています[8]。
安全に利用するため、持病のある方や医薬品との併用には専門家に相談することが望ましいでしょう。
ネトルの形状・特性
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stinging nettle (Urtica dioica) by Michel Langeveld, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons |
ネトルは高さ 1〜2 メートル程度に成長する直立した草本で、茎は細く緑色で硬い毛状の刺(刺毛)に覆われます[5]。葉は対生(向かい合って生える)で長さ 3〜15cm ほどの卵形から楕円形をしており、縁にはギザギザした鋸歯があります[2]。葉の基部はハート形(心形)で先端は尖り、表面は濃緑色で裏面はやや淡色です。春から夏にかけて茎の葉腋(ようえき:葉の付け根部分)から垂れ下がる房状の小さな花序をつけ、淡い緑色の花を多数咲かせます[9]。
ネトルは雌雄異株(しゆういしゅ:雄株と雌株が別々)であり、雄花と雌花は別の株に咲きます。受粉後にできる痩果(そうか:薄い殻に包まれた種子)は非常に小さく、植物周辺にこぼれ落ちて増殖します。
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Urtica dioica 2019-08-11 3668 by Salicyna, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons |
全体に生えている刺毛は先端が脆く触れると容易に折れて皮膚に刺さり、中の液が染み出します。この刺毛液にはヒスタミンやアセチルコリン、セロトニン、蟻酸(ギ酸)など刺激性の化学物質が含まれ、刺されると一時的に火傷のようなヒリヒリした痛みと発赤・痒みを引き起こします[5](これが「スティンギング(刺す)ネトル」の由来です)。
ただし乾燥させたネトルには刺毛の刺激性は残らないため、乾燥ハーブを触っても刺される心配はありません[10]。刺毛以外の外観上の特徴として、茎頂部に向かうほど葉が小型になり形もやや細長くなる傾向があります。また秋が深まると葉は黄褐色に変色し、地上部は冬季に枯死して翌春に根茎から新芽を伸ばします[5]。
荒地に群生する姿は一見雑草ですが、触れなければ穏やかな印象の緑葉を持つ野草です。
ネトルの歴史的な利用法
ネトルの利用の歴史は古く、紀元前から人々の生活に取り入れられてきました。
古代エジプトではネトルがリウマチや腰痛の治療に使われた記録があり、ローマ帝国の兵士たちは寒冷な遠征地で身体を温めるため敢えてネトルで肌を擦り刺激を与えたと伝えられます[1]。この刺激療法は「尿(やけど)を伴う草」の意であるラテン語名“uro”(ウル=焼く)に由来する学名にも表れており、患部に刺毛で刺激を与えることで痛みを紛らわせる民間療法でした[1]。
中世ヨーロッパにおいて、ネトルは利尿剤として体内の水分調節や、関節痛の治療に用いられています[3]。
修道院や民間の薬草園で栽培され、「春のトニック(強壮剤)」として冬に蓄積した老廃物を排出し身体を浄化する目的で春先に服用されました。
食用としても長い歴史があり、中世イギリスではネトルの若葉を茹でたプディングやビールの材料として利用した記録が残っています[11]。イギリスでは 6000 年前の新石器時代に遡る「世界最古のプディング」の材料がネトルだったとの説もあり、飢餓の際には貴重な緑野菜としてスープなどにして飢えを凌いだようです[11]。
日本ではアイヌ民族が繊維用に近縁種のエゾイラクサを利用しており、「レタルペ」と呼ばれる衣類を作っていたことが知られています [7]。
繊維利用といえばヨーロッパでも古くから亜麻や麻の代用としてネトル繊維が用いられ、15 ~ 17 世紀にはシーツや帆布に用いられるほど一般的でした[12]。特に第一次世界大戦中、綿不足に陥ったドイツでは軍服や靴下の素材としてネトル繊維が大量に利用され、約 40kg ものイラクサから軍服 1 着を仕立てたとの記録もあります[12]。
このようにネトルは古来より薬草・野菜・繊維と多面的に人々の暮らしを支えてきました。
17 世紀の英国の薬草学者ジョン・ジェラードはネトルを砂糖と共に焼いて調合し「活力を与える菓子」として推奨したとも記録されています[11]。
歴史を通じて世界各地で重宝されたネトルは、現代でもその伝統的知識がハーブ療法やナチュラルフードの分野で引き継がれています。
ネトルの民俗的な利用法
ネトルには各地の民俗において魔除けや占いなど様々な伝承が残されています。ヨーロッパの一部地域では 5 月の最初の日曜日を「刺イラクサの日(Stinging Nettle Day)」とし、この日に若いネトルの葉をギシギシ(スイバ属の植物)の葉で巻いて食べると一年の災厄を払えると信じられていました[8]。刺だらけのネトルを敢えて食べることで、その年の厄除けと健康を祈願する風習です。
また民間伝承では、ネトルの束を家の入口に吊るすと悪霊除けになるとか、身に着けると呪いから身を守れるといった魔除けの護符として語られることがあります。実際、19 世紀イギリスの植物民俗学者によれば「ヤロウ(ノコギリソウ)とネトルを一緒に持ち歩けば恐怖と邪悪な霊を追い払える」と信じられ、乾燥ネトルを袋に入れて身につけることでかけられた呪いを跳ね返すお守りにしたという記録があります[11]。
家畜の守護にも用いられ、夜明け前に採集したネトルを牛に食べさせると牛に取り憑く悪霊を遠ざけるという伝承もあります[11]。
一方でネトル自体が「悪魔のエプロン」と呼ばれサタンの身を守る植物ともされ、悪魔が身に着けているから安易に手出しできない毒草だという迷信もありました[11]。
このようにネトルは「害になる植物」でありながら「害を防ぐ植物」として二面性を持つ象徴とされ、困難に敢えて立ち向かうことを「イラクサを掴む(grasp the nettle)」という英語の成句にもなっています[8]。
民話の中でもネトルはしばしば登場し、デンマークの作家アンデルセンの童話「野の白鳥」では、魔法で白鳥にされた兄達を救うため主人公の王女がネトルから布を織って肌着を編む試練が描かれています[7]。この物語はグリム童話「六羽の白鳥」にも類似し、ネトルの繊維が呪いを解く鍵として用いられるなど、ネトルは魔法植物のモチーフとしても用いられてきました。
その他、ネトルを使った占い(ネトルを集める夢で恋占いをする等)[13]や、ネトルにまつわることわざも各地に残されています。日本の俗信ではあまり見られませんが、世界的にはネトルはただの雑草以上のスピリチュアルな存在として、人々の想像力の中に息づいているのです。
ネトルの参考文献
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Nutritional and pharmacological importance of stinging nettle (Urtica dioica L.): A review - PMC ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
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Stinging nettle Information | Mount Sinai - New York ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9
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イラクサ - Wikipedia ※文中のセイヨウイラクサについての記述 ↩ ↩2 ↩3
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The Folklore of Nettles: Edible Stings, Returning Curses, and Warding off Evil ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
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Plant lore, legends, and lyrics. Embracing the myths, traditions, superstitions, and folk-lore of the plant kingdom : Folkard, Richard : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive ↩
ネトル (Urtica dioica)の主要含有成分
成分名 | 特性 |
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フラボノイド | 植物の二次代謝物。抗酸化・抗炎症・血管強化など幅広い健康作用があるとされる。 |
クロロフィル | 植物の葉緑素。抗酸化・消臭・デトックス効果もあるとされる。 |
鉄 | 赤血球中のヘモグロビンを構成し、酸素運搬に関与するミネラル。 |
ビタミンC | 水溶性ビタミン。抗酸化・免疫強化・コラーゲン生成など多機能。 |
カルシウム | 骨や歯の構成成分。筋肉収縮や神経伝達にも不可欠なミネラル。 |